研究紹介

肺高血圧の成因を解明:骨髄の一酸化窒素合成酵素が関与

肺高血圧は、心臓から肺に血液を送る肺動脈の血圧が上昇して右心不全と早期死亡をきたす疾患です。肺高血圧の予後は癌全体の予後と同等かそれよりも悪く当該疾患の克服は喫緊の課題となっています。しかし、その成因は不明な点が多く有効な治療法はほとんどないのが現状です。私達は、ヒトおよびマウスを用いた研究において、骨髄の一酸化窒素合成酵素(NOSs)系が肺高血圧において重要な保護的役割を果たしていることを見出しました。この結果は、骨髄NOSs系が肺高血圧における新しい治療標的であることを示唆しており、今後 私達の知見を踏まえて 肺高血圧に対する全く新しい治療法が開発されることが期待されます。本研究は、琉球大学、産業医科大学、長崎大学、および東北大学との共同研究です。本論文は呼吸器分野のトップジャーナルであるAmerican Journal of Respiratory and Critical Care Medicine 2018 (IF 30.528)に掲載されました。

【論文タイトル】

肺高血圧における骨髄一酸化窒素合成酵素系の保護的役割

Protective role of myelocytic nitric oxide synthases against hypoxic pulmonary hypertension in mice. Am J Respir Crit Care Med 2018; 198(2): 232-244 (IF 30.528)

【著者】

生越貴明1),筒井正人(責任著者)2,城戸貴志1),坂梨まゆ子2),内藤圭祐1),小田桂士1), 石本裕士1,3), 山田壮亮4),王克鏞5),豊平由美子6),和泉弘人7),益崎裕章8),下川宏明9),柳原延章6), 矢寺和博1), 迎 寛1,3)

【所属】

1)産業医科大学医学部呼吸器内科学
2)琉球大学大学院医学研究科薬理学
3)長崎大学大学院医歯薬学総合研究科呼吸器内科学
4)産業医科大学医学部第二病理学
5)産業医科大学共同利用研究センター
6)産業医科大学医学部薬理学
7)産業医科大学産業生態科学研究所呼吸病態学
8)琉球大学大学院医学研究科第二内科学
9)東北大学大学院医学系研究科循環器内科学

【研究の背景】

肺高血圧は、心臓から肺に血液を送る肺動脈の血圧が上昇して右心不全と早期死亡をきたす疾患です。肺高血圧は、肺動脈が原因で生じるもの(第1群)、左心疾患によるもの(第2群)、呼吸器疾患/低酸素によるもの(第3群)、血栓によるもの(第4群)、および複合的要因によるもの(第5群)の5群に分類されます。第1群の肺動脈性肺高血圧は難病に指定されているまれな疾患ですが、5群すべてを含めると肺高血圧患者は世界に1億人いることが推定されており肺高血圧は患者数が多い病気です。深刻なことに、肺高血圧の予後は癌全体の予後と同等かそれよりも悪く、当該疾患の克服は喫緊の課題となっています。しかし、その成因が良く分かっていないために治療法の開発が遅々として進まず、有効な治療法はほとんどないのが現状です。

一酸化窒素(NO)はヒト生体内においてNO合成酵素(NOSs)から合成されるガス状生理活性物質です。NOSs系は3つの異なるアイソフォーム(nNOS、iNOS、eNOS)で構成されています。肺を含むほとんどすべての臓器や組織には3つのNOSsがすべて発現しています。過去に、肺高血圧におけるNOSs系の役割がNOSs阻害薬を用いて薬理学的に検討されてきましたが、NOSs阻害薬は様々な非特異的作用を有するために、肺高血圧におけるNOSs系の真の役割は未だ十分に明らかにされていません。また、過去に肺高血圧と骨髄異常に関連があることが報告されていますが、肺高血圧における骨髄NOSs系の役割は全く不明です。

【研究の目的】

これらの背景を踏まえて、私達は、肺高血圧におけるNOSs系の役割、特に骨髄NOSs系の役割を、私達が独自に開発したtriple n/i/eNOSs欠損マウス(NOSs系完全欠損マウス)を用いて検討しました。

【研究の方法と結果】

私達は最初に臨床研究を行いました。私達は特発性肺線維症患者においてドップラー心エコーで評価した肺動脈収縮期圧と気管支肺胞洗浄液中NOx濃度(肺のNO産生の指標)が逆相関をすることを見出しました(図1)。この結果は、第3群肺高血圧患者において肺のNO産生が低下していることを示唆する初めての知見です。この臨床の結果を踏まえて、私達は次にマウスを用いた基礎研究を行いました。

野生型、nNOS欠損、iNOS欠損、eNOS欠損、およびtriple NOSs欠損マウスに低酸素暴露を3週間行いました。低酸素暴露はすべてのマウスにおいて肺高血圧(右心室圧上昇、右心室肥大、および肺血管病変形成)を引き起こしましたが、その程度は野生型マウスに比してtriple NOSs欠損マウスで際立って顕著でした(図2,3)。低酸素暴露後のtriple NOSs欠損マウスでは、血中骨髄由来血管平滑筋前駆細胞数の増加を認めました。さらに、緑色蛍光蛋白質(GFP)発現マウスの骨髄を移植したtriple NOSs欠損マウスでは、低酸素暴露後の肺血管病変にGFP陽性細胞を認めました(図4)。重要なことに、野生型マウス骨髄の移植に比してtriple NOSs欠損マウス骨髄の移植は野生型マウスの肺高血圧を悪化させ、逆に、triple NOSs欠損マウス骨髄の移植に比して野生型マウス骨髄の移植はtriple NOSs欠損マウスの肺高血圧を改善させました(図5,6)。野生型マウス骨髄の移植に比してtriple NOSs欠損マウス骨髄の移植は野生型マウスの肺における69個の免疫関連遺伝子および49個の炎症関連遺伝子のmRNA発現レベルを増加させました。このことから、triple NOSs欠損マウス骨髄移植による肺高血圧の増悪には免疫や炎症を介した機序が関与していることが示唆されました(図7)。

【結論】

本研究では、骨髄NOSs系がマウス低酸素性肺高血圧において重要な保護的役割を果たしていることを初めて明らかにしました(図8)。

【本研究の意義】

私達は、肺高血圧の仕組みの一端を解明することが出来ました。本研究の結果は、骨髄NOSs系が肺高血圧における重要な治療標的であることを示唆しています。今後、この知見を踏まえて、肺高血圧に対する全く新しい治療法が開発されることが期待されます。

【図1~8】